
「自分が楽しいから努力できるんです。まず自分が楽しまないと駄目です。自分が楽しんで作っている作品は見る人にも伝わります」と静かに語る彫金家の増田三男さん。埼玉県浦和にあるアトリエを訪ね、98歳となる今もなお詩情あふれる作品を生み出す創造力の源泉はどこにあるのか、お話をうかがった。
1909年(明治42)
埼玉県生まれ
1929年(昭和4)
東京美術学校(現東京藝術大学)金工科彫金部へ入学。清水南山に学ぶ
1933年(昭和8)
第14回帝展に初入選 作品「壁面燭台」
1936年(昭和11)
東京美術学校金工科彫金部研究科修了。富本憲吉と出会う
1946年(昭和21)
第1回日展特選 作品「山茱萸文黄銅壷」
1956年(昭和31)
URジュウリー協会設立
1962年(昭和37)
(社)日本工芸会正会員
同年東京都教育委員会賞 作品「金彩銀蝶文箱」
1976年(昭和51)
埼玉大学講師
同年紫綬褒章
1982年(昭和57)
勲四等瑞宝章
1991年(平成3)
重要無形文化財保持者(彫金)に認定される
2000年(平成12)
うらわ美術館で「増田三男 内藤四郎 富本憲吉 身辺から生まれる美」展開催

私の家は名主でしたので、蔵には当時、刀がたくさんありましてね。それで私もよく遊んだものです。しかし9歳の時、他人の猟銃が暴発して怪我をさせられたのです。指が欠けてしまって、人と会うのも嫌でしたから、刀に触れていたこともあって、自然と金工の道に入っていました。
まあ自分なりに目標を立ててやってきて、どうにか達成してくることができましたから、今、ホッとしています。もう少し、時間があればやりたいなと思うことはたくさんありますが、あまり欲をかくと罰が当たりますからほどほどにしています。
私は本当に良い先生にめぐり会えました。彫金の清水南山先生と陶芸家の富本憲吉先生のお二人が私の師です。最高の美術家だと思っています。私にとっては、神さまです。1929年(昭和4)、東京美術学校(現東京藝術大学)に入学し、清水先生に昔から伝わる彫金の技法をしっかりと学びました。技術だけに偏ることなく、バランスよく様々なことを教えてくださいました。清水先生は自分の好きなようにやりなさいという感じで、まったく自由にさせてもらいました。
それでもある時、私は彫金をつまらなく感じて、やめてしまおうと思ったことがあります。そのことを伝えるため、清水先生のお宅にうかがったのですが、そこで初めて先生の写生帖を見せてもらって驚きました。厖大な数の写生帖が積んであるんです。これだけよくも飽きずに描けたものだ、それに比べて俺はなにもしていないようなものだと思い、彫金を続けることにしました。それからは五里霧中で突っ走ってきたわけです。

私の才能を最初に認めてくれたのは、陶芸家の富本先生です。最初の接点は香炉でした。美術学校にいたころ、私と先輩の内藤四郎さん(彫金で人間国宝)の二人が呼ばれまして、富本先生の香炉に載せる火屋を作ってくれないかといわれました。私は内藤さんよりたくさん作りました。百点くらい作りましたかね。富本先生も自由にやらせてくれました。
富本先生から作品全体についてのアドバイスを頂くことはありましたが、古いしきたり的なものはなく、逆に自由にやった方が喜んでもらえたものです。まったく何の束縛もありませんでした。ですから、私はあまり伝統というものを意識したことはありません。この火屋を作るときでも、そんなこと少しも考えませんでした。まあ性格的に富本先生と私は相性が良かったんでしょう。
富本先生は雑草をモチーフにして、盛んに模様を作られました。それを見て「作品のネタがこんなに転がっているのか」と、私は非常に驚きました。日頃、自分が足で踏みつけている雑草で模様ができるとはね。デザインといっても特別なことを考える必要はないということです。それで雑草や葉っぱを写生するようになりました。母親には「お前、そんなゴミみたいな雑草を描いて売れるのかね」と言われたものですが、美しいかどうかというのは見ている方にあるものなんですね。
富本先生は「模様から模様は作らない」とおっしゃいましたが、自分が感動したものをちゃんと写生し、そこから模様を作るという考え方は正しいと思います。普段の生活の中に、美しいものはいっぱいありますよ。
今の若い人たちはどうしてそれを美しいと思わないんだろう。本当に美しいものはどういうものかという勉強が足らないんじゃないかと思います。日常生活での感性を高めることが重要です。たとえば「小鮒草」という葉っぱがあります。小さなつまんない葉っぱなんですが、昔の人は良い名前をつけたものだなと思います。こんな葉っぱに美しさを見出せるほど、昔の人の感性は高かったんだなとつくづく思います。
私は人がどういおうと、自分で好きなものを作ってきました。今の若い作家は逆で、売れるものでなければだめだと思っているようです。自分で流行を作ろうというのではなく、流行にひっぱられてしまっている。なんだか作らされているという感じです。そういう流れはぜひ変えて欲しいものです。
大げさかもしれないが、自分が美の創造者だという気概を持って、もっと自分に素直に生きればいいんじゃないですか。人間、好きなことだと努力できますし、いくらやっても飽きないと思います。自分のやっていることが真実であれば、まわりの評価などは後からついてくるものです。

好調の時などありません。始終スランプですよ。でもね、作家は飢えてなきゃ駄目です。飢えが一番大事ですよ。かぶりつくようなくらいの気迫が感じられる作品が良いですね。
飢えているということは、何かが足らないわけです。作家は作品に自分が感じているものを入れていくわけですが、たっぷり作品に入れてもまだ足りない。足りないから、満たそうとする。これの繰り返しです。だから、私もこれまで満足した作品というのはありません。これは、いつになってもできないかもしれませんね。

聞き手 冨田浩章
写 真 糸井康友
協 力 (社)日本工芸会

